古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読

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zoom RSS エンペラー・コード−古代天皇家「八」の暗号−高松塚古墳被葬者特定

  作成日時 : 2009/07/24 17:45   >>

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ブログを立ち上げた理由は、ブログ紹介で述べてある通りです。
何と、「八の世界の探究家」である小生が、高松塚古墳の謎を解いた(?)のです。
奇蹟と言ってよいでしょう、と言わせていただきます。

多分、今の段階では、何という戯言(たわごと)を言っているのかと、お叱りを受け、失笑を買うことになろうかと思います。この解明が、真実であるのかないのかは、今度出版される本を読んで、判断していただきたいと、願っています。

今まで、高松塚古墳の被葬者は、特定されるまでには至りませんでした。
どんなに考古学者、歴史学者が考察しても、推定の域を出ませんでした。
しかし、壁画が饒舌(じょうぜつ)に、被葬者の思いの丈(たけ)を語っていたのでした。

考えてみれば当然ですよね。あれほど、整然と描かれている絵が、何も語ってないなんて、そう考える方がおかしいのです。

では、何故、誰もが、この壁画の意味を理解することが、出来なかったのでしょうか?
それは、暗号であったからです。
暗号では、仕方ありません。
暗号解読の方法が分からなくては、解けるわけがないからです。
その、暗号解読方法が、偶然、分かったのです。

この暗号は、伊勢神宮の呪術暗号、そして大嘗祭の呪術暗号と同質のものでした。
さらに言えば、日光東照宮の呪術暗号とも同じです。

先に、伊勢神宮の暗号解読に成功していたゆえに、高松塚古墳の暗号解読が可能だったのです。
この偶然に、感謝です。

その暗号解読のキーワードは、数字・「八の暗号」、とも言えます。
また、「古代天皇家・八の暗号」、「国家の暗号」とも言えるのです。

それは、「八の世界の探究家」である、小生しか、解読できない、暗号であったのです。

天皇と皇帝は違いますから、エンペラーと訳すのは、問題ありですが、「エンペラー・コード」とも言えましょう。
また、「ミカド・コード」「ナショナル・コード」「ネーション・コード」「エイト・コード」とも言えましょう。
「ダ・ヴィンチ・コード」とは違った、本物の「コード」を楽しんでいただきたいと思います。

詳しいことは、拙著『古代天皇家「八」の暗号』(畑アカラ)に記してあります。ご参照のほどを。

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2010/09/09 18:04

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コメント(28件)

内 容 ニックネーム/日時
隆明さん お便りありがとうございます。
拙著『古代天皇家「八」の暗号』は、古代日本の歴史のなかで、8はどのような意味を持っているのか、を述べています。
その説明のため、何と、500ページを越えてしまいました。
本に目を通していただけたら、幸甚です。
(と、言って、何気なく営業してしまいました)
やつかほ
2009/09/17 14:02
島根・出雲大社、大阪・住吉大社、名古屋・熱田神宮・・・ どれも「八」と関係ばかりある社紋・由来ばかりです、例えば出雲大社は二重八稜花菱紋で「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」そのものです。

次に住吉大社の花菱紋ですが「八」に関する国宝四殿の配置についてのこの様な伝承話が残っています
「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社の開くは鶴鱗の構えあり よって八陣の法をあらわす」とあります
関係ない話かもしれませんが同社の末社に「星宮」があり住吉三神が海神と伝わっていますがオリオン座三星との説や「夕つつ」から金星神との伝承もありますが星宮はかつての「住吉神宮寺」の陰陽寮のなごりともいわれています(星宮の主神は国常立之命と竈神)。

熱田神宮は社紋ではなくご神体の「草薙の剣」ですがこの神剣がでてきたのが「八俣遠呂智」であるサイトでは「〇〇八剣〇〇」といわれていた・・・との記事を見たことがあります(はっきりしてなくてすみません)
そもそも名古屋の旧市憲章は「〇八」ですがこれにはさまざまな説が説かれていますがひょっとしてこれも「弥栄」を願った天海大僧正直伝の秘伝がこめられているのではないか・・・との気もします、根拠がないので恐れ入るのですが昔は「那古野」と言われていた地名が「那古八」「名古屋」に変化したのではないかとおもうのですが、いかがなものかと・・・。

それとこれも勝手な憶測でまことに叱詫を蒙る事を承知の上でもうあげるのですがそもそも神社の千木にはあるTVの古代ロマンの解説番組で「千木は逆さまから見れば「八」となりそれを前後で「x」すれば64となり全天体を表す象形文字となる・・・」と聞いたことがあります
つまりその神社の永代繁栄を天の力をかりて願いをこめた呪術ではないかとおもうのですがいかがなものでしょうか。
やつつお(八筒男)
2010/09/09 19:14
「八」とは因縁はありませんが興味深い文献を図書館より借りました。 「星空の卑弥呼 上・下(榊 昌一郎著)星雲社刊」 下巻のP29-P43を読んでみてください
なんと(大げさかもしれませんが・・・)住吉大社はオリオン座で仁徳天皇陵はM42星雲団というのです、つまり星座の位置と墳墓の位置が天体図と同一というのです
古代の先人たちのおどろくべき知恵がしかけられていたのです、今大阪府と堺市・柏原市などが世界遺産委員会と連携して「世界遺産 百舌古墳群と古市古墳群」の正式登録を目指してこの6月下旬に暫定候補群のリストに掲載されたばっかりです、これからUCOMOSなどの調査団が現地入りし更なる審査のうえで正式登録されるか否かの瀬戸際の真っ最中です、また住吉大社は平成23年で御鎮座1800年の節目を迎えよ一層の機運を盛り上げています、しいては住吉大社も世界遺産登録を目指して
ほしいところですがこれらが1日でも早く世界中より注目される古代先住民の知恵に各方面から注目されています。
やつつお(八筒男)
2010/09/20 19:38
やつつお さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
返事遅くなり、大変失礼いたしました。

神社の千木は、「八」を表現しているのかどうなのか、私には答える知識がありません。
しかし、私なりに考えてみようと思います。

千木は漢文化の「八・はち」が入ってくる前から存在していました。
しかし、漢文化が入ってきて、従来存在していたものに、漢文化の意味づけをした場合もある、と考えられます。
縄文・弥生文化と漢文化の習合です。

私の拙著『古代天皇家「八」の暗号』は、まさにそれを明らかにした、とも言えます。

現在の出雲大社の千木のように、棟の上に載せている形は、新しいとされています。
よって、千木に漢文化の「八」の意味を含ませたとも、考えることは可能です。
あるいは、そのように当時の人々が考えていたとも想像可能です。
しかし、残念ながら、確たるその裏付けになる根拠の事例を見つけることが出来ません。

牽強付会的ですが、もし、千木が八と関係あるとしたら、次のようにも考えられます。
(私の、単なる、思い付きですが)
形、位置からして、千木は、天地を繋ぐ意味も含んでいるように思えます。
とすれば、次のようにも考えられます。
「八・はち」は、八角形をも意味します。
よって、千木は、円(天)と地(四角)を繋ぐ「八・はち・八角形」の意味を含んでいるのでは、と。  
特に、棟の上に載せている出雲大社の千木は、見た目「X」です。
「X」の中心点が、天地を繋ぐ中心点、とも意味づけできます。

いやいや、やはり、私の説は、頭の体操的であり、牽強付会ですね。

いろいろな情報、これからも楽しみにしています。
よろしくお願いいたします。
畑アカラ
やつかほ
2010/09/28 15:25
ご無沙汰いたしております。
先日 堺市の南海堺東駅に近く「反正天皇陵」の北に隣接する方違え祈願で霊験あらたかな「方違神社」に参拝してきました、ここにも「八」のキーワードがあります
http://www.hochigai-jinjya.or.jp
もともとは「スサノオ命」が主神だったのですが後に「八十天万魂大神(やそあまよろずみたまのかみ)」や
住吉三神などを合祀し神宮皇后や弘法大師も参拝する由緒ある全国的にも三指に数えられる方違祈願のメッカで知られる神社です、またここは摂津・河内・泉州の国境のどの地方にも属さない清地で「三国ヶ丘・堺市」の発祥の歴史も秘めています。

ここで気になるのがもともとの「スサノオ之命」で考察したいのがその本地仏である「薬師如来」との関係です、・・・というのも方違神社から西へ程近い堺市・甲斐町に「アスティ山之口商店街」に面して「大寺さん」として親しまれている「開口神社」がありかつての行基によって開かれた「念仏寺」の本尊であった「瑞森薬師」さまが鎮守の「薬師堂」に祭られています。
またその行基の生誕地として知られるJR津久野駅から徒歩15分ほどにある真言宗で文殊信仰とハンカチ寺と異名をとる家原寺にも薬師如来さまはまつられています。

ちなみに薬師如来さまのご縁日は毎月「8」にちで七仏薬師さまは天台宗では北斗七星と北極星の本地仏と捉えられており日光東照宮に天海大僧正が仕掛けた「八」のにおいが堺の地においても「弥栄」を願った「八」キーワードが隠されていると思われ興味を引きます。

ちなみにここでの有名な授与品は祈願札と「粽」ですがもう一つ金・銀であしらわれた「八角形」の携帯ストラップ型お守りが売れているそうで私も金のお守りをお
分けいただきました ぜひとも堺市へこられましたら一度は参拝していただくことをお勧めいたします。
やつつお(八筒男)
2010/12/14 20:36
お詫び 方違神社リンク先について
 http://www.hochigai-jinja.or.jp
でした、まことにおそれいれます
またご参考までにこの神社の紹介リンクの付しておきます。
 http://nohzoh.seesaa.net/article/139468519.html
やつつお
2010/12/14 21:03
あっと・・・ それから住吉大社とこの方違神社の
もっとも見逃せない共通点がございます。
それは「黎明」を意味する参拝者が日の出る「東方」
へ向かって詣でる社殿配置です、たいていの神社の場合は太陽に向かっての南向きが東向きなのですがここでは薬師如来さまの「浄瑠璃光世界」の東方に向かって参拝する西向きの社殿配置に特徴があります、このことは辰宮太一氏著の「最高のご利益がある神社」の住吉大社の項で紹介されています、ご参考までに。
やつつお(八筒男)
2010/12/14 21:19
スパム投稿化まがいで申し訳ありません
方違神社の紹介サイトを追加で掲載させてください。
「神仏霊場 巡拝の旅」
http://ameblo.jp/rallygrass/entry-10486189339.html
「名所・歴史探訪」
http://golog.nifty.com/cs/catalog/golog_article/catalog_004531_1.htm

やつつお(八筒男)
2010/12/16 18:54
方違神社でぉ分かちいただいた「八方除お守り」
の写真です(この画像は榛名神社さまより提供
させていただきました ありがとうございます)
(このお守りは方違神社オリジンだと思ったが(汗))
http://harunanomori.com/jinjya/happouyoke.JPG

やつつお(八筒男)
2010/12/18 19:21
先ほどの方違神社に関連して「開口神社」のことが
でましたので関連リンクを紹介いたします。

開口神社 公式サイト
http://www.aguchi.jp/index.html
「神仏霊場の旅」 開口神社編
http://ameblo.jp/rallygrass/day-20100531.html
ちなみに明治の神仏分離令以前で神宮寺関係で神社内で
仏像が祭られている例は少なからずありましが神社内で薬師如来さまを祀るのは国内ではここだけかと思います(勝手な思い込みでしたら申し訳ありません)。

薬師如来さまは「星の如来」さまともいわれ特に「七仏薬師」さまは北斗七星と北極星の総体と天台宗では伝えられており北極星を神格化した妙見菩薩の本地仏だそうです、叡山の根本中堂の本尊たる薬師如来さまにたいして天皇自ら燈火をささげる「御燈」という行事も太古の昔にはあったようで国家安泰の祈願対象として薬師如来さまの存在は絶大であったようです。

話は変わりますが実は先日「BIGLOBE」内のブログで今回の堺市「百舌古墳群などのエコツアー」と題したブログ記事があったのでご紹介させていただきこの件に関するブログ投稿の終着点とさせていただきます。
http://04-1231.at.webry.info/201002/article_10.html
やつつお(八筒男)
2010/12/20 19:33
ブログ投稿終着点は撤回します、すみません。
実は住吉大社と方違神社の社殿の向きについて共通点がありしかもその向きが先程紹介した「星空の卑弥呼」の
住吉大社の社殿が真東ではなく正確には卯辰の方角である「東南東」に拝む向き、即ち「西北西」を向いていることがわかりました、これが意味することは住吉大社が「卯の花」を神花としていることとオリオン座の三星の位置と好対照だということが解かります、また堺市三国ヶ丘の方違神社も真東ではなく西北西・東南東の社殿配置ということがわかりました、また交野市・星田妙見宮も同じ配置になっていたのです、妙見宮の摂社である小松神社には筒男三神が祀られているのです、住吉と関連のある神社は大抵が同じ社殿配置であったのです。
住吉大社では卯と辰を重んじる傾向が以上の理由でご理解いただけることと思います。

また方違神社の別当寺である「向泉寺」の事も調べたのですが同寺はすでに神仏分離令で廃寺となっておりいまはその跡に閼伽水跡が残るだけとのことです。

http://izuminokuni.toen-web.net/modules/meishozue_01/index.php?content_id=15&page=print

この寺は行基が開いた「三國山向泉寺」という名の真言宗のお寺で金堂に十一面観音を(解説文では「千手観音」となっていますが正しくは十一面千手観音だそうです)、講堂に薬師如来を祀っていたそうです、いずれも方違神社の祭神の垂迹とみることもできます、また真言宗では北極星を神格化した「妙見菩薩」の本地を十一面観音とし方除けの祈願本尊として方災除けの祈祷をしていたことが伺えます。
(http://www.ensenji.or.jp の「妙見菩薩」の資料が参考になります)。
やつつお(八筒男)
2010/12/26 19:05
それと重要なことを言うのをわすれましたが
実は方違神社は反正天皇稜の北東(鬼門)の方角に位置していることにお気付きでしょうか。
これを「和泉の国 再発見」のところで調べたら「反正天皇の御霊の鎮護の鬼門封じとして北東に方違神社を置いた」との解説がありました。

また同神社には京都から東京へいわゆる「遷都」があった時、その時の天皇が方災除け祈願に17日間同神社に詣でられたとの史実があったとの宮氏さまのお言葉でした
やつつお(八筒男)
2010/12/26 19:38
申し訳ありません、「向泉寺」の解説リンク先、間違ってしまいました、お詫びいたします(汗)。

http://izuminokuni.town-web.net/modules/meishozue_01/index.php?content_id=15&page=print

(「town」のところを「toen」としてしまいました、なお「和泉の国 再発見」のサイト自体アクセスしにくい状況でリンク先最末端の「id=15」を「id=01」にすれば目次が表示されます、それよりお気に入りの史跡をクリックしていただければと思います)

なお本当に余談ばかりで申し訳ありませんが某サイトの情報によれば京都の八坂神社同様に堺の方違神社周辺でも昔に疫病がはやりその鎮圧祈願とために牛頭天皇社やスサノオ命を祀り疫病を鎮めたとの記述がありました
薬師如来さまやその垂迹神へ国家安泰・五穀豊穣・平和安穏・疫病退散を祈願する歴史は日本国内どこでも共通だったのではないでしょうか(ちなみに薬師如来さまはインドには実在しておらず日本国内のオリジナルの尊だったと講談社の「仏像ミステリー」の中の「神護寺の薬師如来」の項目で著者が述べられております。
やつつお(八筒男)
2010/12/26 20:51
さて私が方違神社でもう一つ気付いたことがありました
それは「献灯」・・・つまり燭台です、蝋燭を神前に供える風習を持つ神社は稲荷神社でも例がありめずらしい事ではありませんがここでは特殊な意味をもっていると私は睨みました。
このことに関しては神職の方々には質問しなかったのですが元々牛頭天皇の本地が薬師如来だということを考えるとおのずと答えは導き出されます、それは京都・八坂神社の祭礼「祇園祭」にヒントはありました。
とあるTV番組で(たしか世界不思議発見だったような)「祇園祭」のことが紹介されその山車の一部に「北斗七星」が描かれていることを思い出しました、七仏薬師尊は北斗七星の本地なる尊だということは先だって触れています、いうまでもなく八坂神社の主神の本地は薬師如来さまで疫病退散に霊験著しい薬師如来そのものの伝記がこれまで語り継がれてきました、知人から聞いたはなしで祇園祭には浴衣姿の子供たちが祇園祭の期間中四条周辺の京町屋を集団で周り「蝋燭」と「燭台」(携帯の利く小さいもの)を持って回り信者さんに献灯を乞うシーンをみたそうです、方違神社での献灯はまさにそれだとおもいましたが皆様には異論に聞こえるでしょうか。
今考えるに天台宗の活動精神テーマ「一隅を照らす」運動はここから来ています、恵まれた富裕層だけに利益をあたえるのではなく弱者・貧困層にこそ「一隅を照らし」皆が平等で平和に笑顔で暮らせる社会活動を形成して「和を以って貴きとなす」聖徳太子さまの精神とあわせ共生と平等とをもって社会を築くような精神を日本国民一人一人が自覚しなければならない時代だということを私たちは薬師如来さまからご教示されているのではないかと私勝手ではありますが思うような気がします
やつつお(八筒男)
2010/12/27 19:27
やつつお さん こんにちは。
お便り延びてしまい、大変、失礼いたしました。
貴重な情報ありがとうございました。
いろいろと勉強になりました。
家原寺は「えばら」寺と読むとは知りませんでした。ハンカチ寺として、以前、中央に星(?)一つ、周辺に八つの星(?)マークがあるということで、写真は見たことがありましたが・・・。
また、方違神社も、「ほうい」神社と称するとは、知りませんでした。
薬師如来は、持統天皇も光明皇后も、関係しています。何故か、女性にも好まれるのかもしれませんね。
新年になりましたら、星田妙見宮の神紋についての疑問を記したいと思っています。
良いお年をお迎えください。
畑アカラ
やつかほ
2010/12/30 19:20
新年 おめでとうございます。
突然ですが私のブログに神紋など紋章にこめられた
謎の考察に関するメッセージを投稿しました。
ブログ投稿は私は初めてで言葉使いもあやふやな
まったくド素人の私ですが四方八方(?)の関連資料
を調べまくって投稿したつもりです、叱侘を蒙る文章も含まれているかもしれませんがその点はご容赦のほどを
お願いしたくもしよろしければご一読賜れば幸いです
やつつお(八筒男)
2011/01/06 20:05
もうしわけありませんがブログ記事
一旦 削除させていただきました
内容充実した文章でいつか投稿しますので
今回はご了承ください。
やつつお
2011/01/08 22:00
再度、ブログ記事をアップしなおしました
若干、訂正内容があります。
このなかで家原寺の文殊信仰に関する
ハンカチに記された紋の意味の考察と
星田妙見宮の神紋に秘められた意味に
対する考察意見を述べさせていただいて
おります、ご参考くだされば幸いです。 
やつつお(八筒男)
2011/01/09 19:36
京都・八坂神社と堺・方違神社の神紋が一致していることがわかりました。
八坂神社 http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/
方違神社 http://www.hochigai-jinja.or.jp
ちなみに神紋の意味解説は下記リンクです。
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10315739178.html
ちなみに開口神社は三つ巴ならぬ「三つ茄子」紋だとの事。 http://www.aguchi.jp

方違神社の「八十天万魂神」と八坂神社の「八柱之名神」はともに八方除けの御神徳というのもほぼ共通していました、また祇園祭にさいして「子供たちが檀家を廻って献灯を乞う」とありましたが方除けに霊験がある「粽」をその代わりに授与されるらしいです、この点は方違神社で授かる粽の意味と共通しています、これは「蘇民将来」の話に由来するそうです。
土地は違っていても点と線はどこかでつながっているのは単なる奇遇ではなさそうです。
やつつお(八筒男)
2011/01/13 20:41
やつつお さん、おたよりありがとうございます。
いろいろと参考になります。

以前から気になっていたのが、星田妙見宮の神紋の北斗七星(?)の件です。
該当HPを拝見させていただきました。

星田妙見宮の神紋は、北斗七星の周りに八卦を配したデザインです。

上の三つの星は、当地周辺に天降った星の数を表現している、とも解釈できます。
しかし、この神紋の北斗七星には、もう一つ星がくっついています。
その星は、柄の先から3番目の星の位置から延びています。

輔星(アルコル)ならば、二番目の星から延びているはずです。
(キトラ古墳壁画の北斗八星は輔星とも線で繋がっています)
だとすると、その星は北極星? を表現している?

直接、星田妙見宮の社務所に電話で聞いてみました。

何と、もう一つの星は、北極星を表現している、とのことでした。
だったら、線で繋がなくてもいいものを、と思ってしまいます。

北極星を中心の位置に置かなくては、太極としての主張があやふやとなってしまいます。
ならば、北極星を中心に、北斗七星を上手に配するデザインが出来なかったのかと、少々残念な気持ちです。

私は、「北斗八星と八卦を組み合わせた呪術」が伊勢神宮のグランドデザインであることを発見しました。
その伊勢神宮と同様な呪術が、星田妙見宮の神紋に描かれている、と思いたかったのですが、どうやら違いました。

星田妙見宮は、神紋に描かれている通り、「北斗七星と八卦を呪術としている」、ということは確かなことです。

伊勢神宮、日光東照宮のグランドデザイン(北極星北斗八星八卦)は、やはり、暗号の意味を持つ、表には出ない独自デザインであると感心した次第です。
畑アカラ
やつかほ
2011/01/13 21:41
「八」の付く神様(私が知っている範囲内で)
出雲・長浜神社「八束水臣津野命」
「出雲風土記」に見える神、綱を使って国を引き寄せてきて繋ぎとめた島根半島創出の神様(kotobank.jpより参照)。
堺市・方違神社「八十天万魂神」、京都・八坂神社「八柱御子神(八将軍)に関する(で思われるであろう) 参考リンク 
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/shrine/hachiouji.html
埼玉・秩父神社「八意思兼命」
辰宮 太一氏監修「最上のご利益がある神社」より
「八意思兼の八意とは、すべてを知るである。八は古代で八方を表す。天の四方と地の四方の事だ。四方とは縦ラインの陰陽と横ライン陰陽のこと。つまり、世界中の現象を集約したものを示す。単に東西南北の方向ではないのだ。
天、つまり見えない世界であり神の世界の四方と現実の大自然の四方を合わせた八方を知るのだから、訳して「全知」ということだ。思兼は同時に解折している状態を表すと言っていいだろうから、訳せば「全能」だ・・・云々。

神奈川県高座群寒川町・「八方除けの寒川神社」
http://samukawajinjya.jp/houi/index.html

まだまだ「八」の付く神様は全国に「八百萬の神」の如く近くの神社に坐すはずです、皆様も「八」の付く神様に手を合わせて自己の方除け祈願の国土の弥栄を願いましょう。

やつつお(八筒男)
2011/01/20 19:32
恐れ多くも「八幡神」と「誉」の意味について
考察意見を「yatsutsuoのブログ」の「竹内街道」の
所で述べさせていただきました、中には私自身の憶測
も紛れており申し訳ないのですがその点をご容赦いただきご覧くだされば幸いです、八幡主神は本当は「妙見菩薩」と習合していたとか、八幡は「八秦」が訛った説とか興味が尽きないと思います、右のハンドルネームの所をクリックしてもらえればと思います。
やつつお(八筒男)
2011/02/04 18:08
 やつつお さんこんにちは。
 やつつおさんのブログを見させていただきました。
 八幡神、妙見菩薩、薬師如来の関係、大変、参考になりました。

 八幡神(やはたのかみ)と応神天皇の関係は、以前、私なりに考えたことがありましたが、さっぱり分かりませんでした。ギブアップです。

 前方後円墳の向きは、方角がばらばらで、統一されていません。どなたか、前方後円墳の向きと方角について、研究していただきたいものです。

 「誉田別命」の「誉」の件ですが、「誉」は当用漢字で、もともとは「譽」ですから、「三」に関しては、当てはまらないと思います。
 
 八幡神と北辰神については、大変興味を持っています。道教との繋がりです。
 八幡神と仏教の関係ですが、八幡神が神様と仏教を仲良くさせた、とも言えます。不思議な神様ですね。

 星田妙見宮の神紋ですが、八卦の中心に「北斗七星+北極星」が描かれていますが、不思議なことを発見しました。
 何と、北斗七星の柄から二番目からもう一つの星が描かれている場合と、柄から三番目めに星が描かれている場合との、二つが存在するのです。

 社務所に電話して聞きましたら、応対した人も、不思議がっていました。納得がいかないようでした。宮司さんに聞いて下さいとまで、言われました。
 後日、宮司さんに尋ねますので、その結果を期待していて下さい。

 あと、やつつおさんが引用された、小生の本の内容ですが、訂正があります。
 「洛陽の明堂と天堂」、そして、天堂には「弥勒菩薩」が祀られている、です。
 付け加えるならば、盧舎那仏は、龍門石窟にあります。
やつかほ
2011/02/09 01:15
八幡神と妙見習合に関する関連書籍
八幡信仰辞典 中野幡能著 戎光祥出版
妙見信仰の私的考察 中西用康著 相模書房

渡会氏・外宮と北辰習合に関する書籍
図解 神道がよくわかる 管田正昭著 日文新書

妙見信仰に関する論著(秦氏との関わりなど)
星の信仰 佐野賢次著 北辰堂
星占いと星祭り(平成8年改版)金指三郎著 青蛙房
秦氏と妙見信仰 植野加代子著 岩田書院
(御影史学研究会 民俗学叢書19)
これらの叢書を元にご自身の妙見論・八幡と外宮との習合論などを模索されてみてください、私は勝手ながら個人事情で「BIGLOBE」アカウントを一旦、退会せざるをえなくなりこのメッセージを残しました、なお大阪人の方は中之島にある府立図書館の棟札や中之島公会堂・特別室の「天地開闢」などの存在をしりここへ平野貞夫師・千葉常胤妙星師共著の小学館出版「坂本龍馬と謎の北極星信仰」、幻冬社新書「坂本龍馬の10人の女と謎の信仰」をお読み頂きこの信仰が何を意味するのかの趣旨を理解してください、そして辰宮太一先生の「最上のご利益がある神社」をお読みいただければより一層神社参拝の知識が学べると思います、どうか皆様自身で星辰信仰の大切さを再発見して下さい。
やつつお(八筒男)
2011/03/01 21:28
しばらく考え直しましたが「退会」は中止しアカウント
は保持だけさせてください、皆様にはご迷惑をおかけします。

星田妙見宮のサイトから参考になるかと思い「星田妙見宮の北辰祭祀と七夕伝説の私的考察」をご紹介します。

http://www1a.biglobe.ne.jp/hoshida/book/index.html

これが神紋のヒントにつながるかはわかりませんがなにかと参考になるかと思いご紹介させていただきました。

また交野市と隣、寝屋川市に気になる町名がある事に気付きました、その名も「秦町」「川勝町」・・・岩田書院から植野加代子氏著「秦氏と妙見信仰」というのが図書館であったので調べてみるとこの寝屋川市と池田市の「畑」というのがありいずれも秦氏の一族が棲んでいた形跡があり寝屋川市側には秦氏の一族と伝わる五輪塔墓所の写真が掲載されています、いずれにしても能勢妙見産や星田妙見宮に秦氏が何らかの形で関わりがあることは確かのようです。
やつつお(八筒男)
2011/03/02 20:44
 おつつおさん こんにちは。

 佐々木宮司さんの『星田妙見宮の北辰祭祀と七夕伝説の私的考察』ですが、大変参考になりました。
 貴重な資料を紹介していただき、感謝しております。

 私見ながら、高松塚古墳の被葬者は、物部の石上麻呂(いそのかみのまろ)だと確信しております。
 この小冊子には、その物部氏と北斗七星との係わり合いも記されています。
 高松塚古墳の天文図のことを考えますと、興味津々です。
やつかほ
2011/03/03 23:10
「渡来の原郷」と言う本に「朝鮮半島の呪術と霊魂観」と言う章があり「別(ピョル)」が星神だと言う事と
奈良・高松塚古墳の壁画の意味と関連性のある論述がありますがここでその内容を書き記すと長文になってしまいますのでもし図書館でこの本でであえましたら是非ともご参考になさってください。
やつつのお(八筒之男)
2011/05/15 11:12
 本・『渡来の原郷』の中の「朝鮮半島の呪術と霊魂観」について書かれてある部分を読んでみました。

 高松塚古墳壁画に関しては、
「その高松塚古墳壁画に古朝鮮の女性たちや北極星や北斗七星が描かれていた」
とだけ記してありました。

 この著者は、古代朝鮮の影響を受けた高松塚古墳、ということを言いたかったようですが、高松塚古墳を多少なりとも探究してきた小生としては、ただ、ただ、ため息が出るのみです。

 しかも、高松塚古墳には北斗七星は描かれていない、のです。あれほど多くの星が描かれているのに、北極星とペアであるはずの北斗七星(八星)だけが描かれていないのです。
 このマカ不思議さこそが、高松塚古墳壁画の内容を知るヒントなのです。

 小生は、高松塚古墳壁画には北斗七星が描かれている、と書いてある本を2冊持っています。この本は図書館で借りていますが、これで3冊目です。

 私も、専門以外のことで、いやいや専門のことでも、反対のことを幾つも書いているのでないか、と自分自身が恐いです。
やつかほ
2011/06/01 17:09

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エンペラー・コード−古代天皇家「八」の暗号−高松塚古墳被葬者特定 古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読/BIGLOBEウェブリブログ
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