古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読

アクセスカウンタ

zoom RSS 高松塚古墳壁画は饒舌に語っていた−被葬者特定(石上麻呂)

<<   作成日時 : 2009/07/26 09:28   >>

トラックバック 0 / コメント 0

高松塚古墳の謎を解いた、と述べましたが、勿論、考古学者・歴史学者によって研究された高松塚古墳の情報がなかったら、被葬者を特定できなかったのは、言うまでもありません。
しかし、古墳、万葉集、日本書紀、続日本紀、壁画の歴史、皇統譜、等々の研究は、出尽くされた感があり、これ以上の進展は無理なようです。

ただ唯一残っていたのが、壁画の意味を読み取る探究でした。

しかし、誰もが、いえいえ、吉野裕子氏を除いて、誰もが壁画の意味を探究しようとしませんでした。
探究したくても、その糸口もつかめなかった、というのが真相です。

ブログ紹介で記してありますが、三つの疑問があります。動機と蓋(きぬがさ)の色を入れれば、五つです。

@何故、八人ずつの男女が描かれているのか?

A何故、北斗七星(八星)が描かれていなかったのか?

B何故、被葬者は天皇でもないのに、天皇を表現している「天文図+日月図+四神図」の セット図を描くことが出来たのか? このセット図は、天皇独占ではなかったのか?

C蓋(きぬがさ)の色は、深緑である。この色は、一位の位を示しているが、被葬者は一位 の人でなくても、可能なのか? 皇子(みこ)は、紫色であるが、どのように考察するのか?

Dそもそも、何故、壁画を描こうとしたのか? その動機とは?

この五つの疑問に、逃げることなく、丁寧に、答えなくてはなりません。

Cの蓋(きぬがさ)の色についてですが、石上麻呂説以外の探究者は、適当な理由を付けて、避けてしまっている、と言っても過言ではないでしょうか。あるいは、スルー。

ほとんどの人が、@、A、B、Dの疑問を避けています。
@とAは、暗号ですから、高松塚古墳の探究者のほとんどの人がスルーしているのは、やむを得ません。
考察したくても、出来なかったのですから。この疑問に対する回答は、私の独占です。

しかし、問題はBです。
「天文図+日月図+四神図」は、ズバリ天皇の表現ではないのでしょうか。

ほとんどの探究者は、このセット図の下で眠る被葬者は、天を支配する王であろう、と述べていますが、被葬者は、皇子(忍壁皇子・高市皇子・弓削皇子・等々)としています。

私は、ここが、分からないのです。

天を支配する王とは、天帝のことです。王ではありません。
セット図は、天皇大帝=北極星神=天皇、を表現していると考察するほかないのです。

まず、当時の日本において、「天文図+日月図+四神図」のセット図は、天皇の表現であるのか、ないのか。
この問題をクリアにする必要があります。

このセット図が、天皇を表現していないと考察するならば、被葬者は、皇子(みこ)で、何ら問題はないのです。
私は、これほどまでに、整然と描かれているセット図は、天皇の表現としか考えられないのです。

当時の日本を考察してみましょう。673年、天武天皇は、天皇号を正式に採用したと思われます。
天武天皇は、天皇とは何たるかを、人々に知らしめようと、躍起になっていたと推測できます。

小生の探究によれば、天武天皇は、そのため、どうしたかというと、伊勢神宮と、大嘗祭において、天皇を証明する呪術を施したのです。
(この呪術こそが、私の発見でもあるのです。今度刊行される本『古代天皇家「八」の暗号』(畑アカラ)の眼目でもあります)

そして、柿本人麻呂のように、「大君は神にしませば」と、言祝(ことほ)がせたのです。

天皇とは、天皇大帝=北極星神、であることを、人々に知らしめたのです。

最後に築造された八角形墳陵は、文武天皇陵でした。
この八角形墳陵も、天皇大帝=北極星を表現していました。

よって、「天文図+日月図+四神図」のセット図は、当時の状況からして、天皇を表現していると断言できるのです。(詳しくは、拙著に記述)

私は、もし、皇子(みこ)が、古墳の中に、天皇を表現しているセット図を描いたならば、大逆罪に相当する、と思います。
(それなりの理由が在れば別ですが。皇子説の探究者たちは、その理由も述べていません。梅原猛氏は、ある程度、怨霊説で述べているが・・・。)

ならば、天皇陵でもないのに、何で、天皇を表現するセット図を描くことが出来たのか?
「それ相当の理由」が、あるはずです。


これこそが、大問題なのであり、被葬者は誰なのか、とのヒントは、ここから見いだされるのです。

誰もが、この疑問をスルーしています。
何ら、問題提起をしていません。
セット図は、皇子でもかまわないと、考察しているのです。
大逆罪に相当することを、こともなし、と認知しているのです。
不思議なことです。

天皇でもないのに、なぜ、天皇を表現している壁画を描けたのか?
この答えは、ずばり、天皇に対する、崇敬・言祝ぎ・守護、です。
そして、臣下であることが最もふさわしい条件となります。

結論。
高松塚古墳の被葬者は、天皇の臣下である、石上麻呂(いそのかみのまろ)なのです。

詳しくは、拙著『古代天皇家「八」の暗号』(畑アカラ)に記してあります。ご参照の程を。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
高松塚古墳壁画は饒舌に語っていた−被葬者特定(石上麻呂) 古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる