古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読

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zoom RSS 何故、高松塚古墳には、北斗八星(七星)が描かれていなかったのか?−被葬者特定(石上麻呂)

<<   作成日時 : 2009/08/01 22:45   >>

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二番目の疑問について記します。暗号ですから、これも、私の独占です。
< A何故、高松塚古墳には、北斗七星(八星)が描かれていなかったのか? >

高松塚古墳には、北極星はもとより、二十八宿、天極五星、四輔などの星が描かれています。
これほど多くの星が描かれているのに、北斗七星(八星)が描かれていません。
何故、でしょうか?

中国、朝鮮半島の壁画を見たら分かることですが、これほどの星が描かれていたならば、当然、北斗七星(八星)は描かれています。
もし、これほど描かれた星の中で、北極星が描かれていながら、北斗七星(八星)が描かれていない、という事例があったら、知りたいものです。
むしろ、北極星と北斗七星(八星)が描かれており、その他の星は省略されている場合が多いと思われます。

なのに、この疑問について、多くの人は、スルーしています。
網干善教氏も北斗七星(八星)については、八人ずつの男女ほど、疑問を呈していませんでした。
私の知る限り、吉野裕子氏だけが、この疑問に答えていました。
私は、吉野氏のヒントがあったらばこそ、すぐに、答えが出たのです。

吉野裕子氏は、北斗七星が描かれていないのは、高松塚古墳そのものが、北斗七星を意味している、と考察しました。この見解は、まさに卓見であると思います。

北斗七星は天帝の車を意味し、北極星である天帝を乗せて、宇宙を巡る、という中国思想にもとづいて解釈をしたのです。
そして、この北斗七星の車に乗るのが、高松塚古墳の被葬者であり、それは、天皇号を追贈された、草壁皇太子としたのです。

しかし、私は、この見解には、異を唱えました。
高松塚古墳そのものが、北斗七星(八星)ならば、被葬者は、北斗七星(八星)に乗る人ではなく、北斗七星(八星)そのものとして、意味づけられていたのではなかろうかと。

この場合、高松塚古墳の被葬者は、
北斗七星という帝車に乗る人(草壁皇太子・吉野説)なのか、
北斗七星(八星)という帝車そのものを象徴している人(石上麻呂・畑説)なのか、
という二つの説に分かれます。

キトラ古墳にも、天文図が描かれていました。
そこには、北斗七星に輔星(アルコル)が描かれていました。
北斗八星です。
ならば、私は、「この事例は、高松塚古墳において、描かれていなかった北斗七星も、北斗八星として捉えていたことの、証左となる」と考察するのです。
吉野氏は、伊勢神宮の呪術の時もそうでしたが、高松塚古墳の場合も、北斗七星ではなく、北斗八星の呪術である、という主張は希薄でした。

私は、ズバリ、北斗八星として、考察しました。

その、結果、全ての呪術がこの北斗八星の呪術におさまったのでした。
この北斗八星の呪術こそが、小生の発見した、グランドデザインに繋がるのです。
画像

高松塚古墳を象徴している北斗八星(描かれていませんが)は、八人ずつの男女、帝車、を象徴しています。
さらに、被葬者(石上麻呂・いそのかみのまろ)をも象徴しています。
伊勢神宮で施されていたものと同様の、北極星=天皇を中心とするグランドデザインが、高松塚古墳にも描かれていたのです。

< A何故、北斗七星(八星)が描かれていなかったのか? >

この答えは、「北極星=天皇」と「北斗八星=八人ずつの男女=被葬者(石上麻呂)=高松塚古墳」という、グランドデザインを描きたかった、からなのです。

このことは、どのような意味を持つのか? 
これこそが、高松塚古墳被葬者(石上麻呂)の思いの丈を、饒舌に、表現していたのです。

勿論、 < Dそもそも、何故、壁画を描こうとしたのか?その動機とは? > の疑問にも答えることができるのです。
これ以上の、立ち入りは、残念ながら、遠慮させていただきます。

出版された拙著『古代天皇家「八」の暗号』(畑アカラ)を、是非、読んでいただけたらと思います。

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