古代天皇家「八」の暗号−遂に高松塚古墳の暗号を解読

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zoom RSS 東大寺(大仏)の陰寶劔・陽寶劔は、太極と天皇御璽の意味を持つ−聖武天皇と光明皇后は、大仏に自身を投影

<<   作成日時 : 2010/10/26 21:54  

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東大寺大仏の足元から、明治40年に出土した太刀2本には、
「陰劔」、「陽劔」と象嵌されていたことが判明。

この太刀は、正倉院宝物の目録「国家珍宝帳」に記されている、
「陰寶劔・いんほうけん」「陽寶劔・ようほうけん」のことだとほぼ確定された。
聖武天皇の宝剣であり、光明皇后が埋納か? との内容で各新聞とも報じています。

この件に関して、小生が感じたことを述べます。

「陰劔」、「陽劔」と象眼された2本の太刀で、
陰陽太極を表現していると考察できます。
「国家珍宝帳」には、「陰寶劔」「陽寶劔」と記されている。

何故、「陰寶劔」「陽寶劔」と記されたのでしょうか?
当時の「寶」という字は、次のような特別の意味を持っていたと考えられます。

聖武天皇と光明皇后は、中国唯一の女帝・則天武后に憧れていました。
勿論、大仏、国分寺の建立は、則天武后の真似です。
他にも多くのことを真似ましたが、その紹介は割愛します。

その則天武后は、17の「則天文字」を作りました。
それ以外に、もう一つの文字を変更しました。
何と、天子の印章の意味の「璽」を「寶」の字に変更したのです。

則天武后に憧れていた聖武天皇、光明皇后は、
このことは当然知っていた、と推測されます。

ならば、「陰寶劔」「陽寶劔」は、二つ揃って、陰陽太極を意味し、
なおかつ、天皇御璽をも意味していたと類推できます。
「陰陽」と「寶」の組み合わせだと、そのように考えても、牽強付会にはならないのでは、
と思いますが、いかがでしょうか。

※寶の解字は、宀(べん)は廟所。廟所に玉や貝を供える形で祭器をいう。
のち財宝、また尊称として天子の位を宝位・宝祚といい、宝とするするものに冠して宝玉・宝剣という」
(『陰陽五行と日本の天皇』吉野裕子・参考)


聖武天皇は自分自身を大仏に投影していた、と中西進氏は述べています(『聖武天皇』PHP新書)。
私は、光明皇后は密かに自分自身を大仏に投影していた、
と記しました(『古代天皇家「八」の暗号』・畑アカラ)。

ならば、聖武天皇、光明皇后のお二人が、
密かに、大仏に自分自身を投影していた、ということになります。
 
このような背景もあり、光明皇后は、陰陽太極を意味し、
なおかつ、天皇御璽をも意味していた、天皇の証である「陰寶劔」「陽寶劔」を
大仏に埋納したと思われます。

さらに言えば、光明皇后は、「陰陽」は、男女を意味している、
と理解していたのではなかろうか。
つまり、「陽寶劔」は聖武天皇、「陰寶劔」は光明皇后をも意味していると、
密かに思っていたのではなかろうか。

だからこそ、光明皇后は、天皇・皇后の証である、
「陰寶劔」「陽寶劔」を、大仏に埋納したとも考えられるのです。

大変微妙な問題ですが、核心はここらあたりにあるのでは、と密かに私自身が思っています。

聖武天皇と光明皇后は、お互いに、大仏に自分自身を投影していることは承知していた。
むしろ「仲良く揃って投影」、と認め合っていたのではなかろうか。

勿論、埋納の理由は、国家の安寧、大仏安泰、等々を願ってのことだったことは、言うまでもありません。


※光明皇后の則天武后に対する憧れに付いては、
拙著『古代天皇家「八」の暗号』(徳間書店・畑アカラ)を参考にしていただければ幸いです。

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